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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)102号 判決

東京都文京区小日向三丁目一〇第一〇号

原告

塩見寛道

同所同番地

原告

塩見まつ子

原告ら訴訟代理人弁護士

石橋護

東京都文京区春日一丁目四番五号

被告

小石川税務署長

黒岩虎一

右指定代理人

小野拓美

鳴海悠祐

鴨下英主

一杉直

山本高志

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告ら

1  被告が原告らの各昭和四八年分所得税について昭和四九年一〇月三一日付けでそれぞれなした更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告らは生計を一にする夫婦であるところ、原告らの各昭和四八年分所得税の課税処分の経過は、別表一及び二のとおりである。

2  被告は、原告塩見寛道(以下「原告寛道」という。)に配当所得二一〇三万七五〇〇円、原告塩見まつ子(以下「原告まつ子」という。)に配当所得三〇九万三七五〇円が存するとして、資産所得の合算課税の規定を適用し、別表一及び二の各符号2の更正及び過少申告加算税賦課決定の処分(以下「本件処分」という。)を行ったが、原告らには配当所得が存しないから、本件処分は違法である。

二  被告の請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、本件処分の内容は認めるが、原告らに配当所得が存しないとの事実は否認し、本件処分が違法であるとの主張は争う。

三  被告の主張

1  原告寛道が代表取締役に、原告まつ子が監査役にそれぞれ就任している株式会社日新コーポラス(以下「日新」という。)は、昭和四八年五月三〇日の定時株主総会において、昭和四七年四月一日から昭和四八年三月三一日までの事業年度の決算につき利益の配当金額を二四七五万円とする利益金(剰余金)処分計算書等の承認決議をした。右配当金額等の詳細は次表のとおりであり、原告寛道は二一〇三万七五〇〇円、原告まつ子は三〇九万三七五〇円の配当金請求権を取得した。

〈省略〉

2  しかるに、原告らが昭和四八年分所得税の確定申告において右配当金(以下「本件配当金」という。)に係る配当所得について申告しなかったので、被告は、国税通則法二四条及び六五条一項の規定に基づき本件処分をしたものである。なお、本件処分の総所得金額及び所得税額の計算基礎等は別表三のとおりである。

四  原告らの被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張事実は認める。

しかしながら、定時株主総会直後の昭和四八年六月ころから日新の経営状態が悪化したため、本件配当金は原告らに対し支払われず、未払金のままになっていたところ、原告らは、昭和四九年九月一五日、本件配当金請求権を放棄した。したがって、原告らには実質上配当所得が存しないから、原告らに配当所得が存するとする本件処分は、実質所得者課税の原則を定めた所得税法一二条の規定に違反し、違法である。

2  日新の定款二六条は、「株主配当金は、その支払確定の日から満二年を経過しても受領のないときは、当会社は支払の義務を免れるものとする。」と定めている。原告らは本件配当金を受領しないまま満二年を経過し、日新はその支払義務を免れたから、原告らには実質上配当所得が存しないというべきであり、本件処分は違法である。

3  原告らは、昭和四九年九月一五日、本件配当金請求権を放棄しているところ、次のとおり、右放棄によって所得税法六四条一項の規定が適用され、本件配当金に係る配当所得はなかったものとみなされるから、本件処分は違法である。

(一) 所得税基本通達六四-二は、「役員が、次に掲げるような特殊な事情の下において、一般債権者の損失を軽減するためその立場上やむなく、自己が役員となっている法人から受けるべき各種所得の収入金額に算入されるものでまだ支払を受けていないものの全部又は一部の受領を辞退した場合には、当該辞退した金額につき法第六四条第一項の規定の適用があるものとする。(1)当該法人が商法の規定による会社の整理開始の命令又は特別清算の開始の命令を受けたこと。(2)当該法人が破産法の規定による破産の宣告を受けたこと。(3)当該法人が和議法の規定による和議の開始決定を受けたこと。(4)当該法人が会社更生法の規定による更生手続の開始決定を受けたこと。(5)当該本人が事業不振のため会社整理の状態に陥り、債権者集会等の協議決定により債務の切捨てを行ったこと。」と定めている。日新は、昭和四八年の石油ショック及び金融引締めによる打撃を直接受け、同年末以来債務超過の状態に陥り、昭和五〇年二月二八日にはついに日新振出の約束手形(額面合計三〇〇万円)が不渡りとなって銀行取引停止処分を受けた。そこで、日新は、同年三月四日、主要債権者の参集を求め、その席上、原告らが本件配当金請求権を放棄した旨説明し、また、社員全員が全力を挙げて債務弁済のため取り組むことを述べ、日新振出約束手形等につき強制手続等を行うことのないよう支払猶予を懇請し、参集した債権者の承認を得た。このような債務超過状態の中での本件配当金請求権の放棄は、右の(5)に該当するか又は(5)に類するものとして、所得税法六四条一項の規定が適用されるものというべきである。

(二) 所得税基本通達一八一~二二三共-二は、「給与等その他の源泉徴収の対象となるものの支払者が、当該源泉徴収の対象となるもので未払のものにつきその支払債務の免除を受けた場合には、当該債務の免除を受けた時においてその支払があったものとして源泉徴収を行うものとする。ただし、当該債務の免除が当該支払者の債務超過の状態が相当期間継続しその支払をすることができないと認められる場合に行われたものであるときは、この限りでない。」と定めている。これは、債務超過の状態が相当期間継続しその支払をすることができない場合の債権放棄等については、所得税法六四条一項の規定が適用されることを前提としたものである。日新は、前記のとおり、右の債務超過の状態が相当期間継続しその支払をすることができない状態にあったから、原告らの本件配当金請求権の放棄については、所得税法六四条一項の規定が適用されるべきである。

(三) 原告らの本件配当金請求権の放棄は、下谷税務署法人税調査係官が、昭和四九年九月日新の法人税調査の際に「日新のような債務超過の状態が継続している場合には、株主が配当金請求権を放棄すれば、株主には配当所得に係る所得税は課税されない。」旨教示したことによるものであり、原告らの右放棄について所得税法六四条一項の規定の適用を否定することは、禁反言の原則又は信義則に反するものであって、許されない。

五  被告の再反論

1  所得税法三六条一項は、いわゆる権利確定主義を採用し、現実収入前であっても収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することとしている。原告らは、昭和四八年五月三〇日、本件配当金請求権を確定した権利として取得しているのであるから、原告らが現実に受領していなくても、本件配当金は、右条項の「収入すべき金額」となり、原告らの昭和四八年分の収入金額となるのである。所得税法一二条は、発生した所得が実質的にだれに帰属するかを定めた通則であって、原告らの主張する事実関係を前提として所得の有無を判断することのために適用されるものではない。したがって、原告らの反論1は主張自体失当である。

2  原告らが主張する日新の定款二六条は、配当金請求権を有する者が日新に対し満二年間その権利を行使しなかった場合に、日新としては支払義務を免れることを規定しているにすぎない。配当金請求権を有する者がその権利を行使するか否かはその者の任意であるから、原告らが配当支払確定の日から満二年間以内に配当金を受領しなかったため、配当金請求権を失ったとしても、原告らの任意の放棄によるものというほかなく、本件処分に何らの影響も与えない。

3  原告らの反論3は次のとおり失当である。

(一) 原告らは昭和四九年九月一五日に本件配当金請求権の放棄を行ったとして所得税法六四条一項の規定の適用を主張するが、原告らは、右同日はもとより、本件処分時の同年一〇月三一日以前には右放棄を行っていない。放棄をしたとしても、本件処分より後のことである。そうだとすれば、本件処分時においては、右条項の所得計算の特例を適用して所得計算をなす余地はないのであるから、右の所得計算をなさず、本件配当金につき既に確定した権利として所得計算をなしたのは当然であって、そこには何らの瑕疵もない。本件処分後に生じた後発的事由により本件処分が違法となるいわれはないのである。そして、本件処分後に原告らが本件配当金請求権を放棄し、所得税法六四条一項所定の事由が発生したというのであれば、同法一五二条(国税通則法二三条)の規定に基づき、所轄税務署長に対し、所得税法六四条一項所定の事由発生の日から二か月以内に、当該日等所定の事項を記載した更正請求書を提出して、更正の請求を行う必要があり、右手続の履行なしには同条項の所得計算の特例の恩典は受けられないのである。なお、更正処分とその不服申立手段である異議申立てに対する決定及び審査請求に対する裁決とは別個の行政処分で本質を異にし、所得税法一五二条が「確定申告書を提出し、又は決定を受けた」と明記していることからして、更正処分の確定後に限らず、たとえ、更正処分の確定前である異議申立時、審査請求時に同法六四条一項該当事由が生じた場合も、これが更正処分を違法ならしめる事由とならないので、当該更正処分自体の取消訴訟において当該更正処分の違法事由として主張することは許されないのは当然である。

(二) 所得税法六四条一項は、確定申告をする年分の確定している各種所得の金額につき、その計算の基礎となる収入金額に回収不能等の後発的事由が生じた場合における所得計算の特例を規定したもので、その規定の性格、特質の帰結として、右特例の適用を受けて自己に有利に所得計算をしようとする納税者に対し、厳格な実体的要件の充足を要求している。しかして、右条項は、その実体的要件として「回収することができないこととなった場合」と明記しているところ、これは、当該債権が客観的に回収不能・実質的無価値に帰した場合をいい、例えば、債務者たる法人が債務超過の状態であるとしても、外形上企業活動を継続している限り、つまり破産等の特別の事情の認められない限り、通常回収可能であるといえるのであって、破産又は和議手続の開始、事業の閉鎖等によって、債権の回収不能が確定した場合、つまり客観的に確認できる場合に初めて回収不能を判定することができる。そして、右条項については、原告ら指摘のとおり、所得税基本通達六四-二及び一八一~二二三共-二の定めがあり、右条項の解釈基準を示して課税実務の統一的、画一的処理を図っているところであるが、所得税基本通達一八一~二二三共-二の「その支払をすることができないと認められる場合」とは、結局、同通達六四-二の(1)ないし(5)に該当する場合であり、仮に債権放棄があっても、右の(1)ないし(5)に該当しない限りは、所得税法六四条一項の適用はないのである。原告らは、昭和四九年九月一五日に本件配当金請求権の放棄をした旨主張しているが、当時から本件処分時にかけ、日新については所得税基本通達六四-二の(1)ないし(5)の事由は発生しておらず、所得税法六四条一項の「収入金額の全部若しくは一部を回収することができなくなった場合」には該当しないから、右は原告らの任意の放棄というほかなく、右条項を適用することはできない。

(三) 下谷税務署法人税調査係官が原告ら主張のような教示をした事実はない。逆に、被告所部係官は、昭和四九年八月下旬から同年九月下旬までの間に、原告らに対し本件配当金に係る配当所得について修正申告書を提出するよう勧めるとともに、「日新の現状では、仮に本件配当金の受領を辞退したとしても、所得税法六四条一項には該当しないので、修正申告書提出の必要がある。」旨説明しているのである。したがって、禁反言及び信義則に関する原告らの主張は失当である。

第三証拠

一  原告ら

1  甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証の一ないし四、第六号証の一ないし七、第七号証の一ないし四、第八号証、第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一号証、第一二号証の一及び二、第一三号証ないし第一六号証、第一七号証の一ないし一二、第一八号証の一ないし三、第一九号証、第二〇号証、第二一号証の一及び二並びに第二二号証ないし第二四号証

2  証人小島昭明、同山村慶及び三ッ石二郎の各証言並びに原告本人尋問の結果(第一回及び第二回)

3  乙第一号証の一及び二、第二号証、第三号証の一ないし三、第四号証の二及び三、第六号証、第九号証の二及び三、第一五号証、第一六号証の一及び二、第一七号証、第一九号証ないし第二一号証、第二二号証の一ないし五並びに第二三号証の一及び二の成立は認める。乙第九号証の一並びに第一八号証の一及び二の原本の存在及び成立は認める。その余の乙号各証の成立は不知。

二  被告

1  乙第一号証の一及び二、第二号証、第三号証の一ないし三、第四号証の一ないし三、第五号証ないし第八号証、第九号証の一ないし三、第一〇号証ないし第一五号証、第一六号証の一及び二、第一七号証、第一八号証の一及び二、第一九号証ないし第二一号証、第二二号証の一ないし五、第二三号証の一及び二並びに第二四号証ないし第二六号証

2  証人春日勝三及び同高津吉忠の各証言

3  甲第一号証、第三号証、第九号証、第一〇号証の三、第一五号証、第二〇号証、第二一号証の二及び第二三号証の成立は認める。甲第四号証の一ないし三、第五号証の一及び第八号証の原本の存在及び成立は認める。甲第五号証の二ないし四、第六号証の一ないし三及び六、第一二号証の一及び二、第一三号証並びに第二一号証の一の原本の存在及び成立は不知。その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一  請求原因1及び被告の主張1の事実並びに本件処分が原告寛道に本件配当金に係る配当所得二一〇三万七五〇〇円、原告まつ子に同じく配当所得三〇九万三七五〇円が存するとしてなされた処分である事実は、当事者間に争いがないところ、原告らは、右配当所得の存在を争うものである。

二  まず、原告らは、現実に本件配当金を受領していないから、原告らには実質上配当所得が存しない旨主張する。

原告らは、日新の昭和四八年五月三〇日の定時株主総会の決議により、本件配当金の請求権を確定した権利として取得しているところ、所得税法三六条一項は、現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、その権利発生の時期の属する年度の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているから、右定時株主総会の日に本件配当金に係る配当所得の実現があったとして、これを課税の対象とすることに何ら違法はない。原告らの指摘する所得税法一二条は、所得の帰属主体について定めたものであって、現実の収入がなければ課税の対象としないことを規定したものではない。したがって、原告らの右主張は失当である。

三  また、原告らは、日新の定款二六条の規定を援用し、原告らが支払確定の日から満二年を経過しても本件配当金を受領しなかったことにより、日新は本件配当金の支払義務を免れたから、原告らには配当所得が存しない旨主張する。

前記のとおり、日新の定時株主総会の日に本件配当金に係る配当所得の実現があったものであるから、その後、原告らが本件配当金請求権を行使せず、これを失うことになったとしても、それは原告らの任意の放棄というほかなく、右配当所得を課税の対象とすることに何ら妨げない。したがって、原告らの右主張も失当である。

四  次に、所得税法六四条一項に関する原告らの主張について検討する。

1  所得税法六四条一項は、「その年分の各種所得の金額の計算の基礎となる収入金額若しくは総収入金額の全部若しくは一部を回収することができないこととなった場合には、当該各種所得の金額の合計額のうち、その回収することができないこととなった金額に対応する部分の金額は、当該各種所得の金額の計算上、なかったものとみなす。」旨規定している。ここに、「回収することができないこととなった場合」とは、債務者の営業状況、資産状況、支払能力等の諸般の状況に照らし、債権回収の見込みのないことが確実となった場合をいうと解される。

2  本件配当金請求権について右回収不能の事実が発生すれば、本件配当金に係る配当所得はなかったものとみなされるから、本件処分前に右回収不能の事実が発生していたとすれば、それは本件処分を違法ならしめるものといえる。

しかし、右回収不能の事実が本件処分後に発生したとすれば、それは処分後の事情として本件処分を違法ならしめるものではない。その場合は、原告らとしては、国税通則法二三条及び所得税法一五二条の規定に基づき、所轄税務署長に対し更正の請求をして権利救済を図るべきである。また、右回収不能の事実が本件処分後に発生したのであれば、本件処分に不可争力が生ずる以前に発生した場合であっても、本件処分を遡及的に違法ならしめるものでないことには変わりはないから、本件処分の争訟手続の中で右回収不能の事実を本件処分の違法事由として主張することは許されない。この場合も更正の請求によるべきことは、所得税法一五二条の規定から明らかである。そして、更正の請求も争訟手続も、共に課税処分等の是正を図るものではあるが、その手続、要件を異にするから、更正の請求によるべきところを、争訟の手続によって課税処分の是正を求めることはできないのである。したがって、本件においては、本件処分前に本件配当金請求権が回収不能になったか否かを検討する必要がある。

3  ところで、所得税法六四条一項の回収不能の判定基準を示すものとして、所得税基本通達六四-二は、原告ら主張のように役員が未払配当等の受領を辞退した場合についての定めをなし、また、同通達六四-一で準用する同通達五一-一一(4)は、「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し債務免除額を書面により通知したこと。」と定めているところ(原告らは同通達一八一~二二三共-二を引用するが、五一-一一(4)の方が回収不能の判定に関する直接の定めである。)、原告らは、本件処分前の昭和四九年九月一五日に日新に対し、書面により本件配当金請求権の放棄を通知したから、右所得税基本通達の定めに該当すると主張し、同日付けの「株式配当金債権放棄書」と題する書面を甲第七号証の一及び二として提出している。そこで、原告らの本件配当金請求権放棄の時期について検討するに、成立に争いのない甲第九号証、証人三ツ石二郎の証言により成立の認められる申第一一号証、証人高津吉忠の証言により成立の認められる乙第一〇号証及び乙第一一号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第二五号証及び乙第二六号証、証人春日勝三及び同高津吉忠の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  日新の昭和四九年九月三〇日現在の貸借対照表には、本件配当金が負債として計上されている。

(二)  日新は、昭和五〇年二月二八日付けで本件配当金請求権放棄による受贈益を雑収入に計上した。

(三)  原告らと同時に日新に対し株主配当金請求権を取得した関根伸夫は、昭和四九年一〇月四日右配当金に係る配当所得について修正申告をなし、昭和五〇年一月ころ右配当金請求権の放棄書を作成し、同年二月三日右放棄に伴う更正の請求を行った。

(四)  原告らは、当初、関根伸夫も昭和四九年九月一五日に右放棄を行ったと主張したが、同人の聴取書(乙第八号証)が被告から提出されるに及び、同人の放棄は同年一一月一五日であると主張を変更するとともに、この主張に沿う甲第七号証の三及び四を提出した。

(五)  原告らは、昭和四九年八月下旬から同年九月下旬にかけて原告らの所得税に関する臨場調査を行た被告所部係官、及び同年九月一一日から同年一一月二一日にかけて日新の法人税等に関する臨場調査を行った下谷税務署係官に対し、甲第七号証の一及び二を提示せず、昭和五〇年三月二八日付けの異議申立補充書に添付して提出したのが被告に対する初めての提示である。

以上の事実を総合すると、原告らが本件配当金請求権の放棄を行ったのは、昭和五〇年に入ってからのことであり、甲第七号証の一及び二は、本件処分に対する異議申立ての都合上、本件処分前の昭和四九年九月一五日に日付をさかのぼらせて作成したものと認めるのが相当である。

証人三ツ石二郎の証言及び原告寛道本人の供述(第二回)中右認定に反する部分は、右各認定事実に照らしてたやすく措信できず、甲第七号証の三及び四並びに甲第一六号証も、右認定を覆えすだけの証明力を有するものではない。特に、証人三ツ石二郎は、日新の法人税及び源泉所得税の調査に臨場した下谷税務署係官から、株主配当金の株主別内訳を執拗に尋ねられ、また、配当金請求権放棄の証拠の提出を強く迫られて、昭和四九年九月一五日から二、三日ないし一週間後に甲第七号証の一及び二を作成し、その原本を同係官に預けた旨証言するが、成立に争いのない乙第一六号証の一及び二並びに乙第二三号証の一及び二並びに前掲乙第二五号証によると、昭和四八年六月ころ日新から下谷税務署長に対し同年分の配当、剰余金の分配及び基金利息の支払調書が提出され、同署長はこれにより日新の株主配当金の株主別内訳を知り得たこと、そもそも株主配当金に係る源泉所得税の納税告知をするについて株主別の内訳を明らかにする必要はないこと、また、配当については、支払の確定した日から一年を経過した日までにその支払がされない場合には、その一年を経過した日において支払があったものとみなされるから、同署長として、支払確定日の昭和四八年五月三〇日から一年を経過した後において、配当金請求権の放棄があったか否かについて関心を払う必要がないこと、現に、同署長は右同日支払の確定した株主配当金の総額を対象に昭和四九年一一月源泉所得税の納税告知を行っていることが認められ、これらの事実に照らし、証人三ツ石二郎の右証言は措信できない。

右のように、原告らが本件処分前に本件配当金請求権の放棄をしていない以上、所得税基本通達六四-二及び五一-一一(4)の定めは適用の余地がないといわざるを得ない。

4  なお、所得税基本通達六四-二は、法人の役員が配当金請求権等を放棄すれば当然に所得税法六四条一項の規定の適用があるとするものではなく、債権放棄の前提条件として、当該法人が会社整理開始命令、特別清算開始命令、破産宣告、和議開始決定若しくは会社更生手続開始決定を受けたこと又は当該法人が事業不振のため会社整理の状態に陥り、債権者集会等の協議決定により債権の切捨てを行ったことを要求しているところ、本件処分前にこれらの前提条件が存したことの主張立証はない。また、次に述べる事実に照らせば、日新について右前提条件に類する事情の発生が存したものということもできない。したがって、所得税基本通達六四-二の定めは、いずれにしても適用にならないものといわなければならない。

次に、所得税基本通達五一-一一(4)も、「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる」ことを前提条件としているところ、本件処分前に右の前提条件が存したか否かについて、念のため検討を加えることとする。

原告寛道本人尋問の結果(第二回)により原本の存在及び成立の認められる甲第六号証の二及び三並びに甲第一四号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第八号証、成立に争いのない甲第一五号証、乙第一五号証及び乙第一七号証、証人高津吉忠の証言により成立の認められる乙第一二号証ないし第一四号証、証人高津吉忠、小島昭明、同山村慶及び同三ツ石二郎の各証言並びに原告寛道本人尋問の結果(第一回及び第二回)によると、次の事実が認められる。

(一)  日新は、東京都台東区上野七丁目一二番一一号安達第二ビルの二階、四階及び六階に本店事務所を置くほか、那須支店及び伊豆支店を設け、ホテルファミリーを所有し、不動産売買、ホテル経営等を業務とし、本件処分当時、本店に約四〇名の従業員を置いていたが、昭和四九年一二月三一日に安達第二ビル四階の賃貸借契約を解約して事務所を縮小し、昭和五〇年二月までに従業員も約二〇名に減員した。

(二)  日新は、昭和五〇年二月二八日額面合計三〇〇万円の約束手形を不渡りとし、銀行取引停止処分を受け、同年三月一日約五〇〇名の債権者中の主たる債権者である小島昭明、池沢徳次及び池田信子の三名を本店事務所に呼び、また、そのころ債権者の一名である山村慶を個別に本店事務所に呼び、それぞれ事情説明を行った。しかし、債権者集会の招集は行っておらず、債権者集会等の協議決定による債務の切捨ても行われていない。右四名の債権者も、結局はそれぞれの債権を回収している。

(三)  日新は、右手形不渡り後、従業員のほとんどが退社しているが、原告らがアルバイトを使用するなどしてその営業を継続し、その後新たな従業員を雇い入れ、今日も従来のまま前記安達第二ビルに本店事務所を置いて営業を継続している。

(四)  日新は、昭和四九年三月期に初めて約一億四六〇八万円の欠損金を出し、昭和五〇年三月期も約七五八九万円の欠損金を出したが、昭和五一年三月期には約五三二九万円、昭和五二年三月期には約二六〇万円、昭和五三年三月期には約五七七万円、昭和五四年三月期には約二〇九二万円の経常利益金を出している。

(五)  日新の昭和五〇年三月期の決算報告書によれば、約一億五九一二万円の債務超過になっているが、これは固定資産の評価を簿価によった場合の計算であって、固定資産の評価を時価によった場合も債務超過になるかは必ずしも明らかでない。

以上の事実を総合すれば、日新について、昭和四九年一〇月三一日の本件処分前に所得税基本通達五一-一一(4)にいう「その貸金等の弁済を受けることができないと認められる」状況は発生していなかったと認定するのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠はない。

したがって、この点からも所得税基本通達五一-一一(4)の定めを適用することはできないものといわなければならない。

5  また、所得税基本通達の定めを離れても、4で認定した事実に照らせば、昭和四九年一〇月三一日の本件処分前に、本件配当金請求権の回収の見込みのないことが確実になったものとは到底いえず、本件配当金に係る配当所得について所得税法六四条一項の規定を適用することはできない。

ちなみに、日新は、昭和五〇年二月二八日に約束手形を不渡りにしているが、破産等の法定の整理手続に入っていないばかりか、債権者集会等の協議決定による負債整理も行っておらず、その後も営業を継続し、昭和五一年三月期からは黒字に転向しているのであるから、右手形不渡りの時点で本件配当金請求権が回収不能になったと認めることも困難といわざるを得ない。

6  更に、原告らは、下谷税務署法人税調査係官が本件配当金請求権の放棄をすれば所得税法六四条一項の規定の適用がある旨を教示したとして、禁反言の原則又は信義則の違反を主張する。

証人三ツ石二郎の証言及び原告寛道本人の供述(第二回)の中には右主張に沿う部分が存するが、前掲乙第一一号証及び乙第二五号証に照らして措信できない。かえって、前掲乙第一〇号証及び乙第二六号証並びに証人春日勝三の証言によれば、被告所部係官は、本件処分前に原告らに対し、たとえ本件配当金請求権の放棄をしても所得税法六四条一項の規定の適用はない旨を説明し、修正申告を行うよう勧めていた事実が認められるから、原告らの右主張は到底採用することができない。

五  以上のとおり、本件処分に原告ら主張の違法はないから、その取消しを求める原告らの請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条並びに民事訴訟法八九条及び九三条一項本文の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 泉徳治 裁判官 大藤敏 裁判官菅野博之は、海外出張中につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 泉徳治)

別表一 原告寛道の課税処分の経過

〈省略〉

別表二 原告まつ子の課税処分の経過

〈省略〉

別表三 本件処分の総所得金額及び所得税額の計算基礎等

(原告 寛道分)

〈省略〉

(原告まつ子分)

〈省略〉

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